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福岡高等裁判所 平成6年(行コ)11号 判決

控訴人

山口八郎

福家一男

横尾勝也

被控訴人

野田鄕

右訴訟代理人弁護士

川口春利

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  申立

控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、長崎県諫早市に対し、金五九万五九三六円及びこれに対する平成五年三月二六日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、長崎県諫早市(以下単に「市」という。)の住民である控訴人らにおいて、いわゆる第三セクター方式により株式会社を設立して地域開発計画を推進していた市が、右会社のゴルフ場建設目的の用地買収等のために、市の吏員を使用して買収予定地の所有者を調査確認するため、右吏員をして、公用と称して右所有者の戸籍謄本、住民票等の交付申請をさせ、手数料徴収のない公用交付により、戸籍謄本等を交付し、あるいは他の市町村長から戸籍謄本等の交付を受けるにつき郵便料を支出するなどしたことにより、市は交付手数料、郵便料及び担当吏員の給与相当額の損害を受けたと主張し、地方自治法二四二条の二第一項四号による住民訴訟として、市長である被控訴人に対し、右損害を市に賠償するよう求めたが、原審は、右戸籍謄本等の公用交付申請等は、市吏員が市の業務として、開発用地の所有者を調査確認し、右の者に開発計画についての説明を実施する必要上行ったものであり、違法性はないとして右請求を棄却したため、控訴人らが控訴した事案である。

二  当事者間に争いのない事実及び証拠によって認められる基礎事実

1  控訴人らはいずれも市の住民であり、被控訴人はその市長として戸籍謄本、住民票等の交付に関する事務を管掌し、市吏員を指揮監督する職務を負っていた。

(右事実は争いがない。)

2  市は、昭和六二年三月、市の西部地域の土地資源や広域交通体系に近接するという立地条件を生かし、既存の自然、景観、環境と融合した新たな学術研究・人材育成施設、生活・文化・スポーツ施設の建設、住宅地及び産業用地の造成、河川、道路及び公園の整備などの目的のもとに「諫早西部地域開発実施計画」を策定し、民間活力を活用してこれを実現するため、平成元年七月、諫早商工会議所、同農業協同組合等の協力を得て、市の五〇パーセント出資により、いわゆる第三セクターとして、長崎県中央部(諫早市及びその周辺地域)における都市開発、地域開発計画の企画、調査、設計、用地取得等の業務を目的とする株式会社県央企画(以下「県央企画」という。)を設立した。平成二年二月、市の委託を受けた県央企画は「諫早西部地域開発基本計画」を市に提出した(以下、右西部地域開発実施計画及び同開発基本計画を「本件開発計画」と総称する。)。市はこれに基づき、同年九月、本件開発計画に関する指導方針(以下「本件指導方針」という。)を決定し、市議会の承認を得た。本件指導方針の内容は、本件開発計画は県央企画及び計画の実施等を担当する同じく第三セクターである別会社の主導的役割のもとに実施されるが、市の事業でもあり、公共施設の整備も合わせて実施されるため、市において県央企画等に対し必要な指導及び指示を行うものとする、県央企画は本件開発計画対象区域の用地取得の責任者となって、地元との交渉を担当する、第一期工事として、スポーツ施設としてのゴルフ場及び住宅用地の造成、河川の改修及び主要幹線道路の整備を並行して実施するというものであった。市は本件指導方針を県央企画に提示して本件開発計画具体化の作業を依頼し、同年一〇月、本件指導方針に示された計画実施会社設立案にしたがい、市が五パーセントを出資し、いわゆる第三セクターとして、ゴルフ場、カルチャーセンターの経営、用地の造成、住宅建設等の業務を目的とする長崎県央開発株式会社(以下「県央開発」という。)が設立された。他方、市は、同年七月五日、建設省から地域開発促進住宅供給事業の事業主体としての指定を受け、県央企画が提出した事業計画に基づき、平成三年三月、宅地開発及び住宅供給計画を含めた本件開発計画全体を包含する計画として「諫早西部地域開発促進住宅供給計画」を策定した。

(右事実は乙七ないし一六号証により認める。)

3  市は、本件開発計画の円滑な推進を図るため、平成元年ころから、地元の町内会長や地権者組合に開発計画を説明し、対象用地の不売の要望等を行い、平成二年度以降、県央企画及び県央開発とともに、開発区域内の地域別に住民及び地権者に対し、本件開発計画の内容、事業目的等について説明会を実施してきた。

平成三年四月、市は条例の改正に伴う機構改革を実施し、新たに都市整備部を設置し、その下部機関として、本件開発計画に関する事務を含む新市街地の開発及び整備その他の都市整備に関する事務を分掌する都市整備課を設け、同課長に訴外津川三根人(以下単に「津川課長」という。)が任命され、課長補佐川原勝及び参事補松本豊喜が本件開発計画の担当者となった。

これ以後、津川課長を初めとする右都市整備課の担当者は、本件開発計画の対象地域の住民や土地所有者を対象として、地元公民館などにおける説明会を実施し、遠隔地の土地所有者に対しては書面を発送し、あるいは直接出向いて面談するなどした。松本参事補はこのほかに県央企画に対する指導監督の職務を担当した。

(右事実は乙六号証、同二六号証の一、二、原審証人津川三根人の証言により認める。)

4  津川課長らは、平成三年五月、本件開発計画において買収が予定されていた土地の所有関係を調査するため、戸籍謄本等の公用交付を受けるようになったが、同年九月末ころからは、税法の改正により平成四年一月から土地譲渡時に課せられる税金の税率が引き上げられる予定であり、かつ、本件開発計画の中心的項目の一つであったゴルフ場の用地については公共用地としての売却の場合のような譲渡所得の控除がなかったため、県央企画により、ゴルフ場用地の買収が先行して行われることになったのに伴い、ゴルフ場用地の関係での戸籍謄本等の取得を優先することにし、平成四年八月までの間に、市内外に居住する関係人の除籍謄本、改製原戸籍、戸籍謄本、戸籍抄本、戸籍付票及び住民票(合計一一一二通、うち市内分は五七九通、市外分は五三三通)の交付を受けたが、市内の居住者の分については津川課長の名により市の市民課に対し公用として交付を申請して交付を受け、市外の者の分については市長の名のもとに各市町村長に郵便により公用として交付を申請してその送付を受けた。

右戸籍謄本等の交付については、官公吏が職務上戸籍の閲覧、謄抄本の申請をする場合には手数料を要しないとする大正三年一二月二八日付民第一九四一号司法省法務局長回答、地方公共団体自身の行政上の必要のためにする事務については手数料は徴収できないという昭和二四年三月一四日自治課長回答にしたがい、いずれも手数料の徴収、納付はなされなかった。

津川課長は、公用交付を受けた右戸籍謄本等を県央企画の事務所に保管させ、松本参事補は県央企画の従業員と共同して買収対象地の所有者を確認する作業を進め、登記簿上の所有名義人が死亡して相続が生じている場合にはそのつど相続関係説明図を作成した。右作業の成果に基づき、津川課長らは、買収対象地の相続人らに対し、説明会等の案内、通知をしたが、すべての地権者に対して説明の機会が設けられたものではなかった。

(右事実は乙六一ないし一一七号証、原審及び当審証人津川三根人の証言及び弁論の全趣旨により認める。)

5  県央企画は、平成二年度以降、地元の地権者組合に対し、本件開発計画を説明するとともに用地買収交渉の開始を明らかにし、平成三年一一月、ゴルフ場用地の買収を他の用地取得に先行して開始し、これにより取得された土地の所有権は逐次県央開発に移転されたが、県央開発への所有権移転登記手続あるいはこれに先立つ相続を原因とする所有権移転登記手続に使用された戸籍謄本等の中に、津川課長らが公用交付を受けた戸籍謄本等の一部(計一九一通)が含まれていた。

また、右ゴルフ場の予定地域内の土地の一つである長崎県諫早市大字真崎破籠井名字打越九〇二番の山林六三六三平方メートルの登記簿上の所有名義は明治時代の五〇名の共有のままとなっていたが、県央企画は、同土地は訴外中山勝利の単独所有となっているという認識に基づき、平成四年七月二四日、右中山をして、登記名義人らの法定相続人全員(三一九名)を被告として同土地の所有権移転登記手続を求める訴え(長崎地方裁判所平成四年(ワ)第三〇二号)を提起させた。右訴状の添付書類として、あるいは訴状提出後に同裁判所に提出された戸籍謄本等の中に津川課長らが公用交付を受けた戸籍謄本等の一部(計八六五通)が含まれていた。ただ、右訴状に添付され、または訴え提起後に提出された戸籍謄本等は、平成三年五月から平成五年五月の間に交付されたものが使用されているが、そのうち公用交付による分は平成三年一二月までに交付されたもののみであり、平成四年一月以後に交付されたものの中には公用交付による分は含まれていない。なお、同土地の当初の共有名義人五〇名の中には、ゴルフ場の別の買収対象地の所有名義人でもある者があった。

(右事実は甲三四、五四ないし七九号証、乙二九ないし三四、四〇、一一八ないし一二二号証、原審及び当審証人津川三根人の証言により認める。)

6  平成五年一月六日、控訴人らは市監査委員に対し、津川課長らが公用交付を受けた除籍謄本、改製原戸籍、戸籍謄本、戸籍抄本、戸籍付票及び住民票のうち、ゴルフ場の用地買収及び前記訴訟に使用されたもの(以下「本件謄本等」という。)につき、本訴と同様の理由により、津川課長及び被控訴人に対して損害の賠償を求める住民監査請求をした。同委員は、長崎地方裁判所の前記訴訟記録を閲覧するなどして事実を調査し、別紙2記載のとおり、市の内外で右訴訟及び用地取得の関係で交付を受けた本件謄本等の通数(訴訟関係分八六五通、用地取得関係分一九一通、計一〇五六通)とその手数料及び費用の額を認定したうえ、同年二月二二日、本件謄本等の公用交付申請は市が本件開発計画を実施するにつき地権者を確認するという行政上の必要があったために行ったものであり、違法または不当な行為であったとはいえないとして右請求を却下したが、本件謄本等が県央企画により土地所有権移転登記手続や訴訟手続に使用されたという事実に基づき、市の県央企画に対する本件謄本等の保管及び業務処理上の指導監督に不十分な点があったとして、地方自治法一九九条一〇項の規定により、市長に対し改善措置を求めるとともに、県央企画に対し本件謄本等の交付手数料相当額の金員を市に自主的に納付するよう勧奨する意見書を送付した。

(右事実は甲一〇号証により認める。)

三  当事者の主張

控訴人ら

1  本件開発計画の対象地域内の買収予定地所有者の調査確認は、本来、用地買収を担当した県央企画がなすべきものであり、市が行う地域住民への説明のために必要であったものではなく、県央企画は既に平成元年から地権者組合に本件開発計画を説明し、平成二年度からは用地買収交渉の開始を明らかにしていたのであるから、土地所有者が誰であるかは既に判明しており、市としては県央企画に問い合わせてその調査結果を利用すれば足りた筈であり、改めて戸籍謄本等を取得して確認する必要はなかった。本件謄本等の公用交付申請がなされるようになったのが県央企画による用地買収が始まった時期と一致しているのは、これが専ら県央企画による用地買収と所有権移転登記手続に必要であったためである。また、ゴルフ場用地の一部にすぎない前記の一筆の土地の共有者の法定相続人三一九名を確認することが本件開発計画の説明のために必要であったということはあり得ず、実際に市によりこれらの者に対する説明と協力依頼がなされた事実もない。本件謄本等は市が知らない間に県央企画に流用されたのではなく、初めから県央企画に使用させる目的で交付申請されたものである。また、ゴルフ場の建設は私企業である県央企画及び県央開発が行う営利目的の行為であるうえ、環境に害を及ぼすおそれがあるという観点からも、公益性、公共性を欠いており、市が関与すべきものではなく、したがって、ゴルフ場用地の買収に関して市が行った土地所有者の調査確認及び本件謄本等の交付申請は公益性、公共性にもとるものとして違法である。

2  本件謄本等のうち市が手数料を徴収せずに交付した(違法に公金の賦課徴収を怠った)分の通数及び徴収されなかった手数料額、市の郵便料の違法支出のもとに他の市町村長から交付を受けた分の通数及び市が支出した郵便料(右各通数はいずれも控訴人らの推定に基づく。)、市の職員に職務専念義務(地方公務員法三五条)に違反して本件謄本等の交付申請及びゴルフ場用地所有者の確認事務を担当させたために市が受けた損害額(この間市の業務を行わなかったにもかかわらず、これに対して市が支払った給与一か月分として計算したもの。)の内訳は別紙1記載のとおりであり、被控訴人は市に対し右損害金合計五九万五九三六円及びこれに対する弁済期後である本件訴状送達の日の翌日(平成五年三月二六日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償すべき義務がある。

3  被控訴人は、本件は市長である被控訴人が自ら財務会計上の違法行為をしたとして賠償責任を負う場合には該当しないと主張するが、本件謄本等の公用交付及び他市町村長に対する交付申請は市長の名においてなされ、しかも、右公用交付及び交付申請にかかる本件謄本等は、市のほか全国二二都道府県にわたり、膨大な数であるほか、本件開発計画の実施、中でも用地買収の行方が市としても重大な関心事であったこと、被控訴人自身県央企画及び県央開発の取締役の地位を兼ね、用地買収の進捗状況に関心を持ち、かつ、これを知り得る状況にあったことに照らし、被控訴人は、ゴルフ場用地所有者の確認及び本件謄本等の交付申請に関する事務手続の遂行状況を認識していたか、または認識すべき立場にあった。したがって、被控訴人はこれらの違法な行為が行われることのないよう監督し、これを阻止すべきであったのに、故意または過失によりこれを怠ったものとして、損害賠償責任を免れない。

被控訴人

1  本件開発計画は、市が都市計画上の方針に基づき、民間と協力して実施しようとするもので、ゴルフ場用地は本件開発計画に含まれる道路、公園、河川改修等のための公共用地と共に一体として取得する必要があり、かつ、市としては用地買収に関する事務が、法律上の規制にしたがい、適切な手続のもとに行われるよう行政として民間を指導し、監督しなければならない立場にあったのであり、この観点のもとに、市は、市の業務として、平成三年四月以降、対象地域の土地所有者に対し説明を行い、協力を依頼し、かつ、県央企画を指導して所有者の調査確認にあたってきたところ、本件謄本等の入手は、所有者及びその住所の調査確認のために必要不可欠であり、右行政上の必要に基づいてその交付申請がなされたもので、市としての正当な業務である。

ただ、所有者の調査確認は計画用地の買収業務を担当した県央企画においても必要なことであったから、市としては、県央企画の第三セクターとしての公共的な性格及びその業務遂行上の利便を考慮し、本件謄本等を県央企画と共同して利用する意図のもとに、これを県央企画の事務所に保管させることとしたにすぎず、この保管上の手落ちのため本件謄本等が県央企画により他の目的に流用されたからといって、本件謄本等の交付申請がさかのぼって違法となるものではない。

2  仮に、本件謄本等の公用交付申請が違法であったとしても、市においては、戸籍及び住民基本台帳に関する事務は総務部市民課の分掌事務とされ、戸籍謄本等の交付及び手数料賦課に関する決定は同課担当主任の専決事項とされ、手数料の収納事務は収入役から現金出納員である市民課長に委任されており、他市町村長に対する交付申請に必要な郵便料の支出命令は総務部長ないし総務課長の専決事項とされ、都市整備課職員の給与の支出負担行為及び支出命令は企画調整部職員課担当主任の専決事項、郵便料及び給与の各支出そのものは会計課長の専決事項とされていたから、被控訴人はこれらの財務会計上の具体的な行為については直接に指揮監督する立場にはなく、実際にも被控訴人が本件謄本等の公用交付申請に関する事実を知ったのは前記住民監査請求があった後のことであり、かつ、事前にこれを知り得る可能性はなかったのであるから、被控訴人は、右事務の各担当者が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意または過失により右担当者が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったとはいえず、したがって、被控訴人が自ら財務会計上の違法行為を行ったものとして市に対し賠償責任を負うべき場合には該当しない。

第三  証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  判断

一  市吏員の行為の違法性について

1  前認定事実によれば、本件開発計画は、市が事業主体として企画し、実施するいわゆる行政計画であり、したがって、担当部局とされた市都市整備部都市整備課の課長及び吏員が行う本件開発計画に関連する諸業務は市の公務であると認められる。ただ、市議会の承認を得た本件指導方針によれば、本件開発計画中のゴルフ場、住宅地などの用地買収等の業務については、市が一部出資しているとはいえ営利目的の私企業である県央企画の、ゴルフ場の造成、住宅建設等の業務については同じく私企業である県央開発の主導的役割と責任のもとにそれぞれ実施されるというのであるから、市都市整備課所属の担当吏員が具体的に行うべき業務は、本件開発計画に対する理解と協力を得るため、市の立場において、地域住民に計画の目的や具体的内容等を説明すること、及び、本件開発計画中の河川、道路の整備等の公共事業に関する業務のほかは、県央企画及び県央開発に対し、本件開発計画が適正、円滑に実施されるために必要な指示、指導を行うことに限られ、同課吏員が地方公務員たる身分を保持し、給与の支給を受けつつ、県央企画等の業務活動の一部を実質的に担当し、市の財産的負担のもとにこれに利益や便宜を供与することは許されないものと解される。

2  本件謄本等の公用交付申請は、津川課長の指示を受けた市都市整備課の担当吏員により、その勤務時間内に、かつ、他市町村長に対するものは市の財産である郵便料を使用して、行われ、右申請に対し、市の市民課担当吏員は手数料を徴収せずに本件謄本等を交付したのであるから、もし、右公用交付申請が市の業務遂行の目的のもとになされたのでなく、本件謄本等を県央企画及び県央開発の業務に利用させるためになされたのであれば、右公用交付申請を担当した吏員の行為及びこれに使用された郵便料の支出、並びに交付申請に対する本件謄本等の無償交付は、いずれも違法となると解される。

然るに、本件謄本等は、県央企画により、ゴルフ場用地の買収による所有権移転登記手続及びゴルフ場予定地内の土地に関する前記訴訟手続に使用されたことは前述のとおりであり、かつ、これらの手続を行ううえで本件謄本等が証明文書として必要不可欠であることは公知の事実である。したがって、ゴルフ場予定地を含む本件開発計画対象区域内の買収予定地の所有者個々人に対し、本件開発計画の内容を説明し、その理解を得られるよう努めることが市の業務に属し、本件謄本等は、右業務を遂行するにあたり、土地所有者が誰であるかを調査確認するために必要であり、この目的のもとに使用されたという被控訴人の主張に根拠があると認められない限り、本件謄本等の取得の目的は、県央企画をして本件謄本等を右各手続において使用させるところにあったと事実上推定されるというべきである。

3  前述のとおり、本件開発計画は市が事業主体として実施するものであるから、市としては、本件開発計画について地域住民の理解と協力を得るため、市の立場において、計画の目的や具体的内容等を説明する必要があり、したがって、これが市の業務であったことは疑いがない。しかし、本件開発計画対象地域の地域住民と買収予定の個々の土地所有者とは必ずしも重なり合うものではなく、土地所有者ではない地域住民、地域住民ではない土地所有者が存在する以上、地域住民に対する説明と土地所有者に対する説明とでは、その趣旨、内容及び目的は自ずから異なるのであり、本件開発計画の対象地域の住民一般ではなく、買収予定の個々の土地所有者に対して本件開発計画について説明し、その理解を得るという行為の目的は、つまるところ、用地買収への協力依頼にほかならず、前認定のとおり、津川課長らは、県外各地に散在する土地所有者に対しても、出張して個別的に面談することまで行っており、これは、利害関係者に対する一般的、概括的な説明と協力依頼の枠を超え、個別的な用地買収交渉といって差し支えないものであったというべきである。然るに、本件指導方針においては、市と第三セクターである県央企画等との役割分担は明確に定められており、具体的な用地買収に関する業務は県央企画の担当とされていたのであるから、津川課長らが行った個々の土地所有者に対する説明ないし交渉は、市の業務の範囲を超え、本来県央企画がその費用負担と責任において行うべき事務を実質的に担当し、ないしはこれを補助したものと見る余地がある。

4  右のとおり、本件開発計画対象地域内の個々の買収予定地の所有者に対する説明ないし交渉の業務が市の業務に含まれるという被控訴人の主張は必ずしも首肯し得るものとはいえない。してみると、買収予定地の現在の所有者が誰であるかの調査確認もまた市が行うべき業務には含まれず、これを担当した市の吏員の行為は、私企業である県央企画の業務を遂行したものであり、市吏員としての職務専念義務に違反した疑いがある。

仮にこの点はしばらく措くとして、土地所有者の調査確認のためには様々な方法、手段があり得るし、容易に判明する範囲にとどめるのか、それとも、完璧に遺漏がないよう調査するのかという程度の問題もあり、また、他者の行った調査結果を利用するということも考えられるところ、前認定のとおり、津川課長らは、市及び他の地方公共団体から買収予定地の所有名義人及びその法定相続人などの除籍謄本、改製原戸籍、戸籍謄本、戸籍抄本、戸籍付票及び住民票の交付を受けたものであり、これは、当該土地の現在の所有者(但し、右によって判明するのはあくまでも公簿上の所有名義人ないしその法定相続人であり、必ずしも実体上の所有者とは限らない。)の氏名住所を確認する方法としては最も徹底したものということができる。しかし、市内に居住する者に限れば、現在の土地所有者の氏名住所を調査するためには必ずしも戸籍謄本等の交付を受ける必要はなく、単に閲覧謄写することによって目的を達することができたと考えられ、仮に、閲覧謄写するのも交付を受けるのも、手間としては大きな違いはないとしても、これらの戸籍謄本等は、用地買収業務を遂行する県央企画において、いずれは必ず交付を受けなければならない書類であり、市としては、県央企画が交付を受けるのを待ち、これを利用することができたのであるから、わざわざ率先先行して交付を受けなければならない特別な理由があったのでなければ、県央企画によって後日所有権移転登記手続等に利用されることをあらかじめ予定して交付を受けたものと解釈するのが、むしろ実態に合致すると考えられる。

この点につき、被控訴人は、市としては、所有者確認業務を市の業務として行う必要上本件謄本等の交付を受けたのであり、用地買収に関する事務が、法律上の規制にしたがい、適切な手続のもとに行われるよう行政として民間を指導し、監督しなければならない立場にあり、かつ、所有者の確認は計画用地の買収業務を担当した県央企画においても必要なことであったから、県央企画の第三セクターとしての公共的な性格及びその業務遂行上の利便を考慮し、公用交付申請により取得した本件謄本等を県央企画と共同して利用する意図のもとに、これを県央企画の事務所に保管させ、県央企画を指導して所有者の確認にあたったと主張し、原審証人津川三根人の証言中にも同旨の部分がある。このうち、本件謄本等が県央企画の事務所に保管されていたこと、都市整備課吏員である前記松本参事補が県央企画の職員と共同して所有者確認の業務にあたったことは、右証言のとおりと認められる。

確かに、市としての立場における土地所有者の調査確認業務が必要であると措定した場合、これが、目的は異にするとはいえ、用地買収にあたる県央企画による調査確認業務と内容において一致することは明らかであるが、そうであるからといって、市において右戸籍謄本等の交付を受ける必要があったことにはならず、むしろ、右戸籍謄本等を必要としていたのは、所有権移転登記等の法的手段を行う役割を担っていた県央企画の方であるから、市としては、県央企画が交付を受けた戸籍謄本等を利用するか、あるいは、単に県央企画による調査結果を利用すれば足りたと考えられ、このような方法によることが違法であり、あるいは、できるだけ避けるべきであったとする根拠はないのであるから、前記の市の主張は、市が自ら本件謄本等の交付を受けたことの理由として納得し得る説明とはいえない、また、右主張のうち、市としては、公用交付申請により取得した本件謄本等を県央企画と共同して利用し、かつ、行政として県央企画を指導し、監督するため、これを県央企画の事務所に保管させ、県央企画を指導しつつ共同して所有者確認業務にあたったという点については、このような、本件謄本等の資料を使用して行うだけの単純な業務は、最初の数例につき戸籍謄本等の資料の使用方法を教示、指導しさえすれば十分であり、すべての作業を指導し、かつ、常時監督していなければ、杜撰な確認作業が行われ、あるいは、何らかの違法行為が行われるおそれがあったとは考えられず、したがって、松本参事補が県央企画の職員と共同して右業務にあたった理由としては納得し難く、本件謄本等を県央企画に保管させたのも、県央企画による使用を予定していたためとするのが自然な見方であり、市が使用する必要上公用交付を受けて取得したが、県央企画の利便をも考慮したというのは弁解にすぎない印象が強い。県央企画によって本件謄本等が登記手続及び訴訟手続に流用されたという主張についても、松本参事補が指導監督しつつ共同で調査確認業務を遂行していながら、県央企画から本件謄本等の使用についての承諾を求められたことがなく、無断で使用されることを察知し得なかったというのは、不可解というほかない。

このように見てくると、被控訴人の右主張及び津川証人の証言は、事実に合致したものとするには疑わしい点が多々あり、本件謄本等が県央企画に保管され、市の吏員との共同作業の中で、県央企画による土地所有権移転登記手続及び前記訴訟手続に使用されたという事実の意味するところを、一般常識ないしは通常の経験則によって考究する限り、本件謄本等は県央企画による右手続への使用を予定して取得されたものと推認せざるを得ず、したがって、市の吏員による本件謄本等の公用交付申請、市による無償の交付行為、他市町村に対し交付申請を行うための市の郵便料の使用は、いずれも違法である疑いが強いといわざるを得ない。

5  平成三年五月から平成四年八月までの間に、公用交付申請によって取得された本件謄本等は全部で一一一二通であること、そのうち一九一通は、県央企画によって買収されたゴルフ場予定地についてなされた所有権移転登記手続の申請に使用され、八六五通はゴルフ場予定地内の共有林に関する前記所有権移転登記手続請求訴訟の手続に使用されたことは前認定のとおりであり、残り五六通が県央企画により何らかの手続に使用されたことを認めるべき証拠はないが、これは、当該戸籍謄本等の関係土地の買収が成功せず、結果として使用されなかった可能性があるから、前記の疑義を払拭するに足りない。

また、右所有権移転登記手続請求訴訟は係争となった買収対象地が実体上は右中山勝利の単独所有であるという主張に基づくものであり、かつ、県央企画の意向により提起されたものと認められるから、県央企画と共同して所有者の調査確認にあたっていたという市の担当職員においても、同土地が実体上は右中山勝利の単独所有であることを認識し得た筈であり、したがって、同土地に関する限り、登記簿上の所有名義人ないしはその法定相続人らを調査し、これに対して本件開発計画を説明し、理解を求める必要はなかったことに照らすと、本件謄本等の交付申請の主たる目的は、これを右訴訟手続に使用することにあったか、または、当初は右係争土地の買収及び所有権移転登記手続に利用する目的で取得されたところ、のちに同土地が実体上は右中山勝利の単独所有であることが判明し、公簿上の所有名義人の法定相続人らを被告として訴訟を提起する必要が生じたため、右訴訟手続に使用されることになったのではないかと推測することができる。なお、右訴訟の係争土地の当初の共有名義人五〇人の中には、ゴルフ場予定地とは別の買収予定土地の所有名義人でもある者がいたことは前認定のとおりであるから、右の者の相続人調査のために公用交付を受けた戸籍謄本等は、単に右訴訟において使用することだけを目的としたものとはいえないとする余地がないではない。しかし、右訴訟の係争土地の共有名義人は五〇人の多数にのぼるのであるから、その中に他の買収予定土地の所有者でもある者がいたことは十分あり得ることであり、本件謄本等の一部が、たまたま、右訴訟における係争外の買収予定土地の所有者確認のためにも役立ったからといって、これが逆に右共有名義人らの戸籍謄本等の取得が右訴訟での使用を目的として公用交付を受けたものではないことの証左となるものではない。また、前認定のとおり、本件謄本等の公用交付は平成四年八月まで継続されているのに、平成四年一月以降は、公用交付にかかる戸籍謄本等が右訴訟に使用されていないという事実があるが、このことが、直ちに、右日時より前の謄本等の交付申請が、右訴訟の準備行為等であったとの前記推測の妨げとなるものではない。

二  被控訴人の責任について

1  地方自治法上、郵便料、職員の給与の支出を含む予算の執行、手数料の徴収は地方公共団体の長の事務に属し(同法一四九条二、三号)、予算執行としての具体的支出行為及び手数料の収納は収入役の司る会計事務である(同一七〇条)ところ、乙一ないし五号証によれば、諫早市においては、右会計事務のうち郵便料及び吏員の給与の支出は会計課長の専決事項とされ(市収入役事務決裁規程三条(1)ア)、また、郵便に関する事務は総務部総務課が分掌し(市の組織等に関する規則五条一項、同別表第一総務部総務課(6))、郵便料の支出に関する事務は総務部長、総務課長、担当係長及び担当主任の専決事項とされ(市役所事務決裁規程八条、同別表区分12役務費中の「通信運搬費」、同五ないし七条)、職員の給与に関する事務は企画調整部職員課が分掌し(市の組織等に関する規則五条一項、同別表第一企画調整部職員課(5))、給与の支出負担行為は同課の担当係長及び主任の、支出命令は同主任の専決事項とされており(市役所事務決裁規程八条、同別表区分2ないし4、同七条)、また、戸籍法及び住民基本台帳法に関する事務は総務部市民課が分掌し(市の組織等に関する規則五条一項、同別表第一総務部市民課(1))、戸籍謄本等の交付及び手数料の調定に関する事務は同課担当主任の専決事項とされ(市役所事務決裁規程七条等)、収入役の司る会計事務のうち手数料の収納事務は現金出納員である市民課長に委任されている(会計職員の設置等に関する規則二条二項等)ことが認められる。

2  右の、事務及び財務会計行為に関する職務の分掌及び権限の委任について定めた規定により、市長は、収入役その他の各担当吏員を通じて、郵便料、職員の給与の支出及び手数料の徴収に関する権限を行使し、かつ、最終的な責任を負うものの、諸規程により各担当者に委ねられた具体的な個々の支出及び徴収の全般にわたり常に認識し、決裁するものではないから、これらの行為に関して、市に対して損害賠償義務を負うのは、担当者がこれらの支出及び徴収に関する違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、右吏員が右違法行為をすることを知り、または知り得べきであったのに、故意または過失により、これを阻止しなかった場合に限られると解するべきである。

然るに、本件における本件謄本等の公用交付申請に関して行われた郵便料の支出、担当吏員に対する給与の支出及び交付手数料の不徴収については、市長である被控訴人は、これらの行為をその当時において認識把握していたと認めるべき証拠はなく(原審証人津川三根人の証言によれば、被控訴人は、前記の住民監査請求がなされたときに、初めてこのような行為が行われていたことを知ったと認められる。)、この種の財務会計上の行為はいずれも行政の末端において継続、反復されている日常的、定型的業務であって、被控訴人に対し、これらの行為が行われることを事前に把握し、阻止することを期待するのは困難であったと認められ、したがって、被控訴人がこれを認識せず、阻止しなかったことにつき過失はないとするのが相当である。

三  以上の次第であるから、本件謄本等の公用交付申請等の違法が市長から委任された市の吏員によって処理された財務会計上の行為を違法ならしめ、これにより市が損害を受けたとしても、被控訴人は、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、市に対し、右損害を賠償すべき責任を負うものとは認められないことに帰する。

四  よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴もまた理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋元隆男 裁判官池谷泉 裁判官川久保政徳)

別紙〈省略〉

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